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江戸時代の庶民の食事はどんなものを?現代の日本人との違い

      2017/08/28

江戸時代の庶民の食事はどんなものを?現代の日本人との違い

現代は身分の差もなく、農業も機械などを使い効率よく作物を収穫することができ、好きなものを食べることができます。

対して昔は食べ物も今のようにたくさん収穫することもできず、収穫できても身分の差で、手元に残らないことも多かったと思います。

今回は長く続いた時代、江戸時代の庶民の食事を調べていきたいと思います。

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江戸時代の食事って?

江戸時代はどんなものを食べていたのでしょうか?

江戸時代は多くの新田が作られたため、多くの作物が採れるようになりました。
また外国からの作物も伝わり、カンボジアからかぼちゃ・ジャカルタからバレイショ(ジャガイモ)・沖縄からサツマイモも伝わりました。
特にサツマイモは痩せ地でも栽培でき、日照りで米が採れないときなどでも食べることができたため、大変助かったそうです。

江戸時代初期の食事は庶民や武士関係なく一汁一菜が基本で、米・汁物・おかず・漬物を食べていました。
将軍や大名などはおかずが数種類・魚もついた豪華な食事でしたが、現代と違い肉を食べることはほとんどなく、主なたんぱく質は魚や豆類を食べていました。
魚を食べるのは裕福な家庭でも月に1回~2回とご馳走だったみたいです。

江戸時代中期にもなると現代の日本でもよく食べている寿司・天ぷらなどのお馴染みの料理も出てきます。

庶民と武士は違う食事をしていたの?

江戸時代は階級があり、将軍や大名が1番目、武士が2番目、庶民・商人・農民などと続くので、武士もご馳走だったのでは?
と思うかもしれませんが、武士の中でも階級があったため、1番低い下級武士は庶民とそれほど変わらない食事をしていました。

武士も幕府や藩から収入を得て食事をしていましたが、収入が少ない下級武士は自家菜園をして、野菜を育てていました。
そのため、食事は庶民たちとあまり変わらない、野菜・漬物が主なおかずで、魚は月に数回だけでした。

ちなみに、上級・下級武士の決め方は家柄で決まるため、上級武士の家に生まれると生涯上級武士のまま、下級武士の場合もよっぽどの功績や抜擢がない限り、能力があっても下級武士のままだったそうです。

江戸時代の人気の食事

江戸時代は約250年ほど続き、初期・中期・後期と分けられています。
250年も続けば、食事の制度や採れる食材もどんどん変わっていきます。

そんな中、人気の食事はなんだったのでしょうか?

今では当たり前にスーパーに置いてるものばかりですが、当時は大変高価な食材が多いです。

▪豆腐
江戸時代の初期では、将軍の食事に使われる贅沢な食べ物でした。
中期になるまでは、庶民はハレの日にしか食べることができず、製造もすることができませんでした。
現代の日本でも江戸時代の豆腐料理、水・酒・醬油を6:1:1で豆腐を入れ煮たて、大根おろしをかける「八はいとうふ」という料理を今でも食べています。

▪たまご
こちらも江戸時代から食べ始めました。
当時は肉を食べる習慣がなかったため、たまごも食べることがほとんどなく、薬を食べてるような感覚だったそうです。

3代将軍徳川家光が後水尾天皇を食事に招いたときには、「たまごふわふわ」という料理でおもてなしをし、幕末には新撰組の近藤勇も食べていました。

▪納豆
納豆は江戸時代前からも食べられていましたが、醤油が普及するにつれ、納豆も広く普及していきました。
納豆売りという仕事もあるくらい当時は一般的にありました。
江戸時代では納豆をごはんにかけて食べるのではなく、「納豆汁」という汁物にして食べるのが一般的でした。

江戸時代の食事病

江戸時代では食事の病が流行り、大勢の犠牲者を出したことがありました。

それが江戸わずらい(脚気)という病で江戸に流行り、白米がたくさん食べられた都市部に住んでる人や将軍・上級武士など富裕層が多く病にかかりました。

江戸わずらいで、徳川家の3代将軍家光・13代将軍家定・14代将軍家茂の3人も江戸わずらいで亡くなったと言われてます。

病にかかるのは米を精米して、雑穀や米ぬかに含まれていたビタミンB1を取り除いた白米が原因でした。
地方に帰れば雑穀混じりの食事を食べて治ったので、江戸わずらいと呼ばれたそうです。
当時は1人で1日に5合も白米を食べていたため、ビタミンB1が欠乏してしまって、江戸わずらいにかかっていました。

江戸時代初期は白米は贅沢な食べ物だっため、庶民・農民などはそれほど白米を食べることができず、代わりに玄米や麦などの雑穀を混ぜたごはんを食べていたので、病になることも少なかったです。
江戸時代中期になると、ビタミンB1を多く含む蕎麦が出回ったため江戸わずらいも少なくなりました。

現代の日本人と江戸時代の庶民との食事の違いは?

現代と江戸時代ではどのくらい食事が違うのでしょうか?

■現代の食事
・現代は農業が発達しているため、いろんなものが食べられる。
・外国との繋がりも大きいため、世界各国の料理がある。
・江戸時代では食べていなかった、肉を食べている。

■江戸時代の食事
・身分差があり庶民は贅沢な食事ができなかった。
・貧しい家だと白米ではなく、麦やひえを主食にしていた。

2つの時代を比べてみると違う点ばかりですが、これは江戸時代初期と比べた場合です。
江戸時代中期にもなれば、蕎麦が出回り始め、寿司・天ぷらを庶民も食べ始め、現代の日本でもお馴染みの食事をすることも多くなりました。

現代では寿司・天ぷらは豪華な食べ物ですが、江戸時代はファストフード感覚で食べていたようです。
洋食・中華など海外の料理も江戸時代初期に、貿易の窓口であった長崎から広まったそうです。

江戸時代の庶民の食事再現

江戸時代の庶民の食事を現代で再現したらどんな風になるのでしょうか?

初期は一汁一菜・魚なしですが、中期・後期になるとどんな料理が出てきたかを調べたいと思います。

▪深川めし
あさりを葱や油揚げと一緒に醬油などで味付けをし、その汁でごはんを炊いたもの。

▪どぜう
どじょうの頭・内臓を取り、葱やごぼうとともに割下(出汁に調味料を加えたもの)で煮たもの。
ここにたまごを入れると、柳川鍋になります。

▪ねぎま鍋
マグロの脂身を葱と一緒に煮たもの(主に醬油味)。
この料理ができるまでは、脂身は痛みやすいため廃棄や肥料にされ、赤身は醬油付けにして保存していました。

▪うなぎ
初代将軍徳川家康の江戸時代ではうなぎが多く採れたため、うなぎのことを「江戸前」と呼び、うなぎの蒲焼が流行りました。

▪鴨南蛮
醬油をベースにした温かい汁で食べる、ぶっかけそば。
鴨肉と葱を乗せたのは日本橋の馬喰町の「笹屋」と言われています。

▪天ぷら
もともとは南蛮料理で、貿易の窓口だった長崎から関西・江戸の順で伝わりました。
当時はごま油で揚げて、魚の生臭さを消したり保存期間を伸ばそうとしていました。
江戸時代中期以降から、現代でもよく知ってるものを食べ始めました。

江戸時代からもずっと続く和食

現代は和食・洋食・中華と様々な料理を食べることができます。

しかし、日本人に合う食事は和食だと思います。
低カロリーで栄養バランスが取れる、納豆・豆腐は日本の伝統的な食材が江戸時代から現代までずっと身近にあります。

いろんな食事のスタイルが選べる現代の日本ですが、たまには江戸時代のような健康的な食事も思い出してみませんか?

 - 食文化・食生活